ガンダム製作者側の特集ドキュメンタリーをNHKでやってた。民放のアニメを、NHKがよ。私にとってガンダムは永遠だ。1作目以降は見る気がしない。それ以上はいらないからだ。

何を隠そう、初めて見たのは専業主婦で子育て中だった。夕方やってた再放送だった気がする。それとハイジも好きで、子供に見せるためだったのにいつの間にか自分が夢中になっていた。次回の放映が待ち遠しかった。この次回作が待ち遠しい脚本って、連続ものとして大ヒットの鉄則でしょ。

世界名作劇場アニメのハイジはヨハンナ・スピリ原作で、私が子供のころに茶の間の本棚にあった。どこの出版社だったのか知らないが古びた箱入りで水色と黒っぽい装丁や背表紙、そしてそのタイトルに使われていた特徴的な書体までも覚えている。同様に、分厚くて大きな全集の中の1冊で「若草物語」ほか3編が入った本も、縁に金入り革調の装丁でドガの踊り子の絵が表紙に小さく入ったのが棚に並んでいた。小学館だったかな。あんなの重くて子供は読みづらかったんじゃないかな、と今だから思う。何度も読み返した。

立派な全集の一部や素敵な装丁の書籍が本棚に並んでいたのは、幼少時に父が書店を経営していたせいだろう。今から考えても我が家にあったものは何でも本物で素晴らしいのがあった。良いものだなと記憶に残っているのに、今は手元に一つも残っていない寂しさよ。栄枯盛衰。

・・・一流家具店のむくの木製勉強机は、材質が硬く軽くてスッと引き出しが開き、機能的で無駄が無かった。父が亡くなったらほしいとずっと思っていた。また、本革製で金田一耕助が持つような昔の古びたトランクも、友人との旅行で高校生の時に一度使ったことがある。今どきのナイロン製などよりは重かったが雰囲気があってかっこ良かった。両親も亡くなり実家の整理に帰った時にはめぼしいものは何一つなく、残念でならなかった。それよりごみ処分に膨大な金額を要した。

・・・社会人になった姉は小学生の私を買い物のお供としてよく吉祥寺や立川に連れて行ってくれたが、帰りには必ず本屋に寄り何か本を買いないさい、と無理やり選ばされた。背表紙で乱歩の緑衣の鬼というタイトルが目に付いて買ってもらったときもあった。立川に連れて行ってもらったときは高島屋の喫茶店・・・名前ははっきり覚えてないけどボヌール?といったか東郷青児の絵がたくさん壁に掛けられているセレブなところでよくお茶を飲んだ。良いものは良い。子供のころから良いものに触れていると見る目が育つと思う。

そうはいっても自分が高校生になって以降は文庫本しか買ったことがない。中身は変わらないし、安価だし、通学の電車の中で読むには荷物にならなくていいでしょ。いまやファッションも食もファストで早い安いが良い事のようだ。だが本物じゃない。すぐ飽きたり壊れたりしていずれ捨てる。私はゴミが増えるのは嫌なので気に入ったものを長く使うほうだ。気に入ったものはそれこそ擦り切れても使っている。

話はだいぶそれたが、子供時代の心ゆたかな時間を思い出してほっこりしたわ。

さて、ガンダムは今までのヒーローもののアニメと違って人間ドラマだそう。それでも30年も前。少年たちが大人になってゆく過程、心の惑いをそれぞれの視点から表す。アムロ・レイ他の登場人物の機微にあふれた言葉や態度に毎回感動したけど、自分はこの年齢でここまで考えてなんてなかった。むしろ何も考えてなかった。ガンダムの設定が背水の陣であり、自分の子供時代とはあまりにかけ離れてはいるが。私には今となって客観的にとらえることができるようになった、誰もが経験する青春時代の揺らぎね。自分探し、ってやつ、もっとしとくべきだったか。

ハイジは某進学塾のCMに使われるようになったが、最初のうち、自分の大事にしているものを冒とくされたような気がして嫌だった。あのCMは今でも好きではないが、でももうこの歳になると、そんなのカンケーネェー。

さて、ばあさんになってガンダムやハイジを見直したら同じ感動を得られるだろうか。。。いや、やっぱやめとこ。