「野に咲く花はどこへ行った」
このタイトルは、歴博くらしの植物苑だよりNo.47(2001年4月6日)に、佐原眞館長(故人)が執筆なさったタイトルである。
先日、伝統の桜草展を見に行った際、くらしの植物苑のあずまやに数枚の「くらしの植物苑だより」がパウチして置かれていたので、休憩がてら座って何枚か読んだところ、どれも辻誠一郎先生のもので、身近な植物について書かれていた短い文章がとても為になり面白かった。辻先生には変化咲きアサガオの展示会で、お話を聞いたことがあったので身近に感じていたこともある。
それでこのバックナンバー(主に辻先生の執筆のもの)がないかと尋ねたところ、歴博の展示係の方が対応してくださり、古いものを数十部もわざわざコピーして郵送してくださった。辻先生の執筆ではない記事も多く、他の研究員の方や大学の先生のものもあったが、その中にこの故佐原眞館長の文章があって、私は懐かしく拝読した。
以前の歴博の企画展示で、佐原館長の説明を受けながら陳列物を見て回ったことがあったのだ。その説明は爆笑ものの面白い話から、研究者ならではの専門的な話があり、どのくらいの時間だったかとても短く感じられたものだった。
当時は副館長だと紹介されたような覚えがあり、その後、何かで館長になられたと聞き、また少し経った後、今度は逝去の報が新聞に出ていてビックリしたものだった。あの時の名調子を思い出し、ご冥福を祈り、そのご執筆を真っ先に読んだ。
「野に咲く花はどこへ行った」 佐原 眞
花を咲かせる植物は、1億5000万年前に出現したのだそうですから、恐竜はあの冷たい目で花を見ていたのです。6500万年前に、花を咲かせる植物の種類も昆虫の種類も爆発的に急増したそうです。花の形・大きさ・色・香り・蜜は、虫や鳥を誘うための花の装いだったのですね。・・・・・中略・・・・・大勢として、今、地球上の多くの人びとは花を愛しています。ところが、花屋さんに並ぶ絶対多数の花は品種改良でできた花です。季節も土も知らない花も少なくありません。
人が登場すると、虫・鳥のために咲いていた花は、人のためにも咲かなければならなくなりました。ついには、人のためだけに咲く花があふれるようになりました。人が造った花がどんどんふえて、野や山に咲く花が消滅していく状況においこまれています。人は自然をこわせばこわすほど花を愛するようになってきたのです。そして「人工」の花を庭に植え、部屋に飾ることが自然を愛することだと思うようになってきてしまったのです。
これを読んでがーんと来ちゃった私。(~_~;)
私なんて、珍しい新しい園芸種(人工もの)を外国にまで求めていたわ。
人間は人間にとって有用なものしか残さずに、無用なものは切り捨ててしまうのかな。
いやぁ、今はそうでもないよね~。
園芸交配種は人間が楽しむためのものであると同時に虫や鳥にも有用であればいい。
動物の異種交配など、奇抜なものや不自然なものはあまり好かれないように
植物の交配もセンスの問題なのかもしれない。
それに流行りというものもあるし。
人工の花がちまたにあふれることについては
それほど心配するほどのこともないと思うなぁ。(-.-)
モトイ、野に咲く花はどこへ行った?
今は啓もう活動も進み、自然はあるがままに残しておいた方がいい、と
多くの人が思ってるはず。
私自身にできることと言ったら、まずは家庭教育から、かな。
家族に「やはり野に置け、れんげそう」とか言ってみよう。
あはっ、分かってくれるかな?(^_^;) ちょっと的外れ?
でも野生植物を大切にする気持ちが少しは通じるんじゃないかなぁ、なんて。