宿入りが早くなりすぎるので、64番前神寺のあとに石鎚神社を見学する。
この年になったらどうせ石鎚山は登れないので、少しでも近づけたら・・・
そんな気持ちで。

看板に、230年以上も前の大鎖のことが出ていたので、俄然興味持った。
1779年(安永8年)に鎖が切れ、翌1780年(安永9年)に鎖の掛け替えを行ったとする記録である『石鉄山弥山鎖筋之覚』が前神寺旧記に残されている。Wikipediaより引用
1779年(安永8年)に掛け替えられた鉄の鎖が、昭和の掛け替え時に降ろされ、
この神社で、石鎚山に登れない人たちのために手すりとして使われているそうだ。
古い鉄の鎖が鋳造(ちゅうぞう)しなおさないで残されているとは感動。
昔の人たちも掴んだのだな~、と思うだけでワクワクする。
どこにあるんじゃ?と、逸る気持ちを抑えきれずに、社務所で尋ねることに。
社務所の方は丁寧に教えてくださった。
本社にあがる石段に設置されていると。

上:神門の左右には白い天狗さま二体が阿吽の形相で。なんとガラス張り。

上:神門の裏 裏側にも二体の神様?が、やはりガラス張りはきれいで見やすい。

上:社務所内の休憩所 コーヒー100円のバリスタマシン。
アイスコーヒー(ホットより高い)もアイスクリームもあり。
大鎖のある場所が分かった所で、ほっと一息アイスコーヒーでしばし休憩。

上:本社に上がる最後の階段。この手すりが掛け替えられた大鎖。

上:大鎖。そばに寄ってみるとすごく太くてデカイ。
女性だと握りこむのがやっとの太さ。鎖1個も長い。
支柱との接続方法は鎖1個ずつの接続方法とは違う。

上:大きさが分からないので人物も一緒に。だがこの写真では迫力不足。

上:石鎚神社口の宮本社 こちらでは何かのご祈祷がされていたが、
本当に巫女さんが太鼓を打っていた。
鉄は四六時中触っていれば錆びることはないのかもしれない。
ひも状に溶けた鉄をある程度冷ましながら、大雑把に「繋いでは閉じ」を繰り返したのか?
でも、全部つなげてしまったらとても重いはず。
という事は2-3個ずつつなげて鎖禅定まで持ち運び、それらをまた繋げたのか。
鉄の鎖を作る手順を想像してみた。
キューポラの街で見たように、土か砂の型に流して作るのか。
太さはそろっているように見えたので、型だとは思う。
それにしても両端の始末は???
なんの職人でも、その作業って見ているだけで面白い。
合理的で無駄がないし、失敗できないという緊張感もある。
1日にどのくらい作ることが出来るのかな。
そういえば数日前にテレビの百名山で、登山道を管理している場面が出て、
岩に鎖を打ち直すシーンがあった。
岩にドリルで穴を開け、樹脂製の接着剤を入れてからボルトを指すのだ。
昔の人はいったいどうやったのかな。。。
これより下は本日のお宿:湯之谷温泉
食事は本格的で、どれも美味しかった。
朝食にコーヒーを注文したら、お接待で無料になった。感謝。
お風呂だけの立ち寄り湯もやっているので、地元の方も来ていた。











