4月23日 第十五番札所 国分寺(こくぶんじ)
【墨書】
右上: 奉納
中央: 薬師如来
左下: 金色寺 (一文字目は国ではなく金なのは明らか。院号は金色院(こんじきいん)なのだが三文字目は院ではなく寺だと思う)
【ご朱印】
右上: 四國十五番
中央: 丸印 佛佱僧 (「佱」はホウと読む。「法」とは字が違うと思って手書きIMEパッド使ったらこんな字があった)
左下: 国分寺 (左半分は「寺」の一文字と思う)

文字コード表(Unicode UTF-8 UTF-16)によれば、佱は以下のとおり。(Pentan.info様より引用)
文字 UTF8 UTF16 EUC-JP JIS 実体参照
佱 E4BDB1 4F71 8FB0F5 443075 佱
下:山門。薬養山となっていたサイト様もあったが山門の額によれば山号は薬王山となっている。また、おそらくは阿波青石の石碑には聖武天皇(在位:724-749)勅願所と刻され、由緒ある格式高いお寺さんだと分かる。柱の左には五七桐(ごしちのきり/ごしちぎり)、右には十六菊の菊花紋が皇室との縁も示す。

納経所に行くと、有料で庭園が見学できると書いてあったので行ってみることに。・・・300円だったと思うがただのお庭、とてもお気楽な感じで見学へと踏み切った。この庭園は境内のどこからも直接には見えないようになっており、庭園入り口を入って初めて目にすることができる。それは大きな阿波石をふんだんに使った枯山水で、奥にある本堂(東側面)を背景としてその威容、豪快さは筆舌につくしがたい。この写真でも表しきれていない。百聞は一見にしかず、絶対本物を自分の目で見た方がいい。

今までにも観光で施設の庭園を見学したことは何度もあるが、これほど豪快なのは見たことがなかった。大きな阿波石を組むことにより池泉、流水、滝、橋などを表しているそうだ。もとは地元の豪族が作ったこの庭園(桃山時代の特徴ある意匠や様式を示す)が先にあって、それに合わせるように、国分寺復興の際に本堂(瑠璃殿)を作ったとか。このデカイ石を運んだり思い通りに組んだり、とってもお金かかったろうに。。。
ところで、本堂(瑠璃殿)の写真撮ってなかったワ。(^_^;)






