三月弥生、卒業式のシーズンとなった。
今日の新聞で、学習院初等科長の方のコラム記事が目についた。
学習院の卒業式は簡素だという。
それで自分の子どもの卒業式を思い出した。
まるで演劇を見ているかのような、先生による演出ばかりの卒業式。
親にも子にも、また来賓にも、感動しろと言わんばかり。
卒業式で感動するより、日常の学校生活を充実させた方がいい。
勉強でもいいし音楽や体育、給食や掃除の最中だって、何かしら学び合う方がいい。
卒業式で親を感動させ、学校生活に
親子ともに良い思い出があったかのような錯覚を起こさせて何の意味がある?
子どもたちはこの卒業式にそれなりに感動し、涙を流していたようだったが
私はとてもしらけてしまった。
式は簡素であっても、教育理念がしっかり子どもたちに通じればいい。
その学校の教育理念は、日常の学校生活により子どもたちの身に付く。
普段はおざなりの対応で、式典が仰々しいのはいかがなものか。
おざなりではないとして、式典が簡素であっても学校生活が充実していれば
子どもたち一人一人の胸に去来する思いはいっぱいあるだろう。