4月24日 第十八番札所 恩山寺(おんざんじ)
【墨書】
右上: 奉納
中央: 梵字 薬師如来
左下: 恩山寺
【ご朱印】
右上: 四國第十八番
中央: 変形印 中央に梵字
左下: 恩山寺
二軒屋駅前ホテルを7:30に出発。今日は恩山寺さんまで10キロ位てくてく歩く。この道は、国道や県道を通るが歩道も幅広く安心な道。
下:もうちょっと歩くときれいな休憩所あり。トイレは無し。座布団まであった。冬はきっと助かるだろうと思う。管理して下さっているボランティアの皆さん、ありがとうございます。

納経を無事済ませてふもとへ降りてくると、立江寺さんへと向かう遍路道への分岐道標がある。そのふもとの看板は分かったが、2つ目のこの看板(下)が見つけられなかった。幸いにも分岐点のそばの建物前で男性が数人大鍋を囲んで休憩していた。・・・あれはタケノコの匂いがしたから多分タケノコを茹でていたと思う。
そばに牛舎があるが牛舎には近づかないでという看板があった。しかたないので、その方達に大きな声で聞いた。道を尋ねられる人が偶然にもいてくれてよかったわ。教えてくれた道は、数メートル直進して竹林に続く小さな小道に入る。そこが遍路道なのだった。この図の四角い部分は牛舎の棟を表し、牛舎の間の幅広の道を右へ行かずに、道になっていないようなところを前進して、竹藪へ右折で入ることを表していた、と道を尋ねたあとでわかった。それにしても意味の分かんない図だ。その遍路道に右折で入れっていう矢印ね。矢印があるから余計わかりにくい。道を教えてくれた方々、ありがとうございました。偶然人がいてくれたのも、きっとお大師様のお導きよ。

下:竹林の中はふかふかして歩きやすい。高低差もさほどなかった。

義経が屋島に向かって進軍した進路は、現在「義経街道」と呼ばれ、義経が大阪より風雨の中を押してたどり着き、軍船を集めたとされる「勢合」を起点として、小松島市内の義経ゆかりの地を結ぶ約10キロメートルを「義経ドリームロード」として案内板や道標が設置され、史跡やロマンを求める人々に親しまれています。義経が小松島の海岸に上陸してから屋島に攻め入るまで、わずか1日の出来事でありながら、弦張坂、弦巻坂、旗山、くらかけの岩、天馬岩、弁慶の岩屋など、義経にまつわる伝説の場所が多く残されており、人々の義経にかける思いの深さが感じられます。(小松島市ホームページより)





