土佐一国参り 25番札所 津照寺

25番 津照寺 墨書ご朱印
25番 津照寺 墨書ご朱印

6月2日(木曜日) 第二十五番札所 津照寺(しんしょうじ)

【墨書】
右上: 奉納
中央: 梵字 地蔵尊
左下: 津寺(つでら)

【ご朱印】
右上: 四國第二十五番
中央: 変形印 中央に梵字
左下: 津照密寺(しんしょうみつじ)

下:津照寺の山門。簡素。到着は4時半ごろだった。うまめの木さんでゆっくりしすぎたかも。最後は道がちょっと分かりづらくて納経の終了時間が迫っていたので焦った。
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下:津照寺の竜宮城のような鐘楼門(両側に仁王さま)は長~い階段の途中にある。納経時間があと30分に迫っていたのに、石段は急なうえ、幅も狭いし、滑りそうで怖かった。
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下:ほら、仁王様いるでしょ。
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下:津照寺の本堂 竜宮城のような鐘楼門に比べてとっても地味。質実剛健な感じ。
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下:津照寺の大師堂
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焦って納経したが、このころになると自分で言うのもなんだが、読経も節回しがうまくなっている。意味はまだ理解できていないがなんとなく。納経所で墨書ご朱印のあと、墨書して下さった女性は「歩き遍路の方にお接待で差し上げています」と、布製小銭入れを下さった。よく落っことす私には紐が長くてありがたいわ。お礼を言って、宿へと向かう。

下:本日の宿 ビジネス旅館吉松 玄関には水が打たれていた。まだ営業していることが奇跡にも近いと思われる。女将さんはお年だが美人で良い人。2年くらい前にご主人が倒れてから、手が回らなくなっているとおっしゃっていた。趣味は日本画に陶芸と、私とばっちりあって話が弾んだ。玄関入った突き当り付近に、大きなストレリチアの日本画がかかっている。展覧会で賞をとった作品だそう。
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下:1階はまだしも、2階の宿泊室があるところは廊下がふかふかでいまにも抜けそうだった。女性用トイレは和式のみで、水栓タンクにまず水を入れてから紐を引っ張って流す、というシステム。常時水道栓を開いていないのだ。洋式トイレありませんか?と聞いたが無いですと言われた。多分、ご自宅の方は洋式トイレになっていると思うが、どこも古い宿はトイレが昔のままの和式で本当に泣き
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下:手前が男性用トイレ(朝顔)、奥が女性用便器。遍路は歩くんだから膝に相当負担がかかっているのに、またしゃがむのかと思うと出るものも出ない。
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下:部屋の中。テレビはケーブルテレビらしい。雑誌、週刊誌がたくさんあったがいかにもビジネスマン向き?ゴルゴ13とか昔の週刊朝日みたいのだった。そういえば洗濯は女将さんがしてくださった。感謝。
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下:ビジネス旅館吉松の夕食 買ってきてくださったのかな?お遍路の食事は量が多い。だが前回の阿波一国区切りで悟ったが、無理に全部食べなくていい。ある宿では、夕食後に行ったらご主人が私が残した魚を食べていた。それでよいと思った。だから残すなら最初から手を付けずにきれいに残すことにした。
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下:ビジネス旅館吉松の朝食 総じて歩き遍路にとって悪くは無いが、トイレが私にとっては最重要。これからは、トイレが洋式か確認して予約を取るようにしようと思った。
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2日目の行程 宿:ビジネス旅館吉松 総歩行距離:約8キロ位

高松駅8:23発 (特急うずしお3号 徳島行) ==>> 徳島駅9:36着
徳島駅9:51発 (特急むろと1号 牟岐行) ==>> 牟岐駅10:59着
牟岐駅11:05発 (JR牟岐線 海部行) ==>> 海部駅11:19着
海部駅11:26発 (私鉄阿佐海岸鉄道(甲浦行) ==>> 甲浦駅11:37着
甲浦駅11:49発 (バス高知東部交通 安芸営業所行) ==>> 室戸岬バス停12:39着
室戸岬バス停 ==>> (徒歩約40分上り坂 約1.7キロ位) ==>> 24番最御崎寺13:20頃到着
※入口からも距離あり、トイレは下の駐車場にあり、洋式あったか失念。身障者用があったかも。
最御崎寺13:55頃出発 ==>> (徒歩約2時間25分 6.5キロ位 途中うまめの木で30分休憩) ==>> 25番津照寺16:20頃到着
津照寺16:40頃出発 ==>> (徒歩約10分 0.5キロ位) ==>> ビジネス旅館吉松16:50頃到着